
合掌

彼女は顔を赤くして辛そうにごほごほ咳をしていた。インフルエンザだと言う。番組の収録は幾度も中断し、そのたびに彼女はすいませんと頭を下げた。俺は野暮用でもあったのだろう、時間を急くあまり、いい加減にしてくれないかと心ない言葉で彼女を詰った。
翌年、俺はインフルエンザに罹って一週間仕事を休んだ。まだタミフルなど流通していなかったと思う。体中が痛くて耐えられず家族と医者に泣き言を漏らした。インフルエンザの苦痛を生身で知った俺は去年彼女を怒った自分を恥じた。よくインフルエンザで仕事場に来たものだ、逆に感心したものだ。
その後も何回か彼女と一緒の仕事があった。冗談口で「あの日」のことが会話に上ったりしたが、俺は何だか恥ずかしくて「悪かったな」の一言を送れず終いだった。
彼女が突然と逝ってしまい、俺にはもう謝ることは叶わなくなってしまった。
合掌。
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